1953年8月8日イギリス生まれ。2005年国際モータースポーツ殿堂入り。労働者階級に生まれ、家を売ってレースを続けるなど苦労の末にチャンピオンになった。カートやイギリスF3を経て1980年にロータスからF1に参戦。ロータスには1984年まで在籍し、幾度か表彰台に上るもののGP勝利には結びつかず1985年にウィリアムズに移籍。その年のヨーロッパGPで初勝利をあげ、続く南アフリカGPでも優勝し頭角を現す。その翌年は最終戦までポイントトップであった。しかし最終戦はタイヤがバーストしリタイアとなり、惜しくも優勝を逃す事になる。1989年フェラーリに移籍するも1991年に再びウィリアムズへ。1992年のウィリアムズはハイテクマシン・FW14Bで序盤から圧倒的な強さを見せ、マンセルは開幕5連勝を飾るなど、連戦連勝を重ねついにチャンピオンに輝く。この年は14回のポールポジション、9勝の記録を残した。しかし、ウィリアムズとの契約のもつれからこの年でF1から引退し、CARTへ転進するも、1994年セナの事故死を受けスポット参戦。1995年もF1参戦するつもりであったがウィリアムズと契約にいたらずマクラーレンに参加。しかしマシンのポテンシャルが低い事などからモチベーションが下がり、シーズン途中で離脱。事実上引退した。