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アラン・プロスト

フルネームはアラン・マリー・パスカル・プロスト。1955年2月24日フランス生まれ。1985年・1986年・1989年・1993年と4度のドライバーズチャンピオンの実績を持つ。1999年国際モータースポーツ殿堂入りしている。F1グランプリ51勝は2001年にミハエルシューマッハ破るまで歴代最高で、現在までフランス人唯一のドライバーズチャンピオン。キャリアの後半において、スムーズな追い抜きと安定したドライビングを行い、レース戦略や展開把握が理論的で沈着冷静なことからプロフェッサーと呼ばれた。レース人生の中で、唯一自腹を切ったのは初めてれレースに参加するためにカートを買ったときだけだという。1980年にマクラーレンからF1デビューし、デビュー戦にていきなり6位入賞を果たす。マクラーレンの車体への不安から1981年にルノーに移籍するが、1984年には再びマクラーレンに復帰。1984年は0.5と言う僅差で2位に終わるが、1985年、1986年と2年連続でチャンピオンを獲得。1987年には最多勝記録を更新。1988年にアイルトンセナがマクラーレンに移籍する事でF1史上最強とも言われるコンビを組む事になるが、徐々にセナとの確執が深まる。1989年には3度目のワールドチャンピオンを獲得。1990年フェラーリに移籍。しかし1991年フェラーリはレギュレーションの改正に失敗しプロストはシーズン途中でチームを離脱、1992年も丸一年F1に参戦しなかった。1993年はウィリアムズ・ルノーのシート獲得に4度目のチャンピオンを獲得し、そして引退した。F1ドライバー引退後、ルノーやマクラーレンのアドバイザーを経て、1997年リジェを買収しチームオーナーとなる。1998年はプジョーとともにオールフレンチのチームで優勝を目指すが、振るわず2002年にチームは破産してしまった。