1968年9月28日フィンランド出身。
2度F1のドライバーズタイトルを獲得した。日本人受けする金髪碧眼で、F1雑誌のインタビューで1992年から引退する2001年まで10年連続で人気投票1位となった事がある。大変な恐妻家としても知られ、モニターを睨み付けるように見る妻イリヤの姿は有名。
5歳の頃からカートに乗り始め、1991年にロータスからF1デビュー。資金難で3年前から基本設計が変わらないマシンに乗りながらも第3戦で5位入賞を果たす。1992年チームが導入した「ロータス107」を駆り活躍を見せ、翌年はマクラーレンからオファーを受ける。しかい1993年のマクラーレンはアイルトンセナの残留が不確定であり、セナの離脱に賭けマクラーレンと契約したが、結局セナ残留しハッキネンはテストドライバーとしてシーズンを過ごす事になるが、シーズン途中レギュラードライバーであったアンドレッティがアメリカに帰国すると第14戦から実戦に復帰した。その年の日本GPで初の表彰台を飾る。その後3シーズンの間マクラーレンは不調にあえぐものの、着々とチームを強化し続け、1997年のヨーロッパGPで99戦目にして初の勝利を獲得した。
そして1998年に初のチャンピオンとなり、1999年も連続でドライバーズタイトルを獲得した。2000年はミハエルシューマッハと熾烈な争いを見せるもののファン・マヌエル・ファンジオ以来の3連覇はならなかった。2001年は開幕戦でクラッシュするなど不運に見舞われ、2002年は休養。そのままF1引退となった。