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佐藤琢磨

1977年1月28日東京都生まれ。
20歳からレースを始め、5年でF1のシートを獲得した。モータースポーツ以前は自転車競技を行っており、インターハイ制覇、大学選手権優勝などの経験がある。鈴鹿でF1を観戦してモータースポーツに強い憧れを抱きつづけ、ホンダがSRS-Fを設立する事を知ると、大学を休学し、カートを始める。その後わずか半年で選抜方法を変えさせてまで、SRS-Fに入学。スクール生はおろか講師をも上回る速さを見せ、首席で卒業。
1998年には全日本F3に参戦するも、シーズン途中で渡英。イギリスF3に参加。2001年には日本人初のイギリスF3チャンピオンとなり、2002年シーズンからジョーダンでフルタイムドライバーとしてデビュー。日本GPで5位入賞を果たすものの、ホンダが翌シーズン以降BARのみ搾るという方針を固めると、佐藤起用によるホンダからの支援が得られないと考えたチームは佐藤を放出。2003年シーズンは、BARホンダにリザーブ兼テストドライバーとして移籍。最終戦でチーム離脱が決まっていたジャック・ヴィルヌーヴがモチベーションを失いその代役として参戦。6位入賞を果たし、その年のコンストラクターズタイトル獲得に貢献した。2004年はBARのレギュラーシートを獲得しアメリカGPで3位フィニッシュを果たすが、年間を通して佐藤のマシンにトラブルが多くチーム名とのジェンソンバトンが85ポイントを獲得したが、佐藤は34ポイントにとどまった。2005年シーズンは、デビュー以来最低の成績に終わり、レース以外でもジェンソンバトンの残留、バリチェロの移籍など、翌シーズンはレギュラーシートを失う事が確定しており、サードドライバーとしての提案を受けるも佐藤はチームを離脱。2006年はスーパーアグリでファーストドライバーとなった。チームが新しく、車体も満足の行くものではないが、完走を果たすなどチームとマシンが安定して来ている事を示した。2007年も同チームにて参戦している。