1936年3月4日-1968年4月7日スコットランド出身。
F1史上、最も優れたドライバーの1人に数えられている。農家の末っ子に生まれ、趣味で参加した草レースで才能を見出され1960年にロータスからF1デビュー。1962年にはロータス25を駆り、6回のポールポジション、3回の優勝をあげチャンピオンを争い、1963年は7勝、モナコGP以外は表彰台という強さを見せてチャンピオンとなる。ロータスも初のコンストラクターズタイトルを獲得した。1964年はロータス33の信頼性が低く、リタイアを繰り返すもののチャンピオンを争う。1965年はロータスは圧倒的な強さを見せ、開幕戦から第7戦まで優勝しチャンピオンを獲得、インディ500でもクラークは優勝した。1966年排気量が3000ccとなった年のロータスは1勝に留まるが、1967年はフォードコスワースを積んだマシンで4勝。通算勝利数を24勝に伸ばす。翌年、開幕戦で勝利を挙げ当時の最多勝利数を更新した。この年はチャンピオンの最有力候補と目されていたが、第2戦までのインターバル中に参加したF2レースで事故死してしまった。